バス停から、ゆっくり歩いて10分くらいです。
バス停はオースゴールストラン港です。海が見えるところで降りました。
この小さなレセプションの小屋の壁には所狭しと、版画がかけられています。
ムンクは、版画も好みましたからね。
なぜに、ムンクが好きなのか。これは、北海道に住んでいるからかもしれませんね。
北方系の美術があるのだとしたら、間違いなくムンクが最高峰でしょう。
温暖な南仏の、セザンヌ、ゴッホ、モネなどと比べると、自然の見方が違うのでしょう。
それによって、人生の見方もまた違います。
スペインの強烈な日差しのピカソではこの味わいが出ません。
ヴラマンクもスーチンもやはり、ムンクの仲間、
クリムトやシーレのような、エロスもまた、北方系には見られません。
日本から遠く、オスロまで来てそんなようなことを考えました。
人生とはまさに生きずらいものですね。
求めるから、落胆がある。
初めから、何も求めない、こうなりたいと思わないと生きやすくなるのでしょうか。
嫉妬したことがありますか。
男女の中では大きなテーマになりうるものですね。
その時は、熱病にかかったように、人の行動を支配するものですね。
独占したいとか、自分を評価して欲しいとかそういうののです。
若気の至りですな。
ムンクハウスのギャラリーの壁には、写真や版画が飾られていました。
うつむいた男は、ムンクで
どこかに女性が向こうを向いていたり、桟橋の先っぽにいたりします。
相思相愛という言葉ありますが、そのようなことは稀ですね。
大体が、片思いということでしょう。
その上に、その人にやたら自分の理想像を重ね合わせてしまうので、そのギャップに
ガッカリするのかもしれません。
自分が心の中で思い描いた、あの美しく聡明でなおかつ、自分に好意を持っているなんて。そんなこと
稀ですね。
そして、破局なんてね。
自分の心の中に描いた、あの聡明で、慈悲深く、美しいあの人は実体ではなかったのでしょう。
思い込みもありますが、そのエネルギーは芸術には必要不可欠なものなのでしょう。
この世は、誠に、生きずらいものですね。
ムンクにはうつむいている男と、髪の長い女性が登場しますね。
そして、海と桟橋
あの人は、他の男性と会っているようです。
人の心は、気まぐれですね。
世の中変わっていて、自分の気持ちもまた変わるのですから、奇跡的なことですよね。
この窓から、外を眺めていた、海を見ていたムンクは何を考えていたのでしょう。
日々悩むのは、凡人も同じですが、感受性の強い芸術家の場合はどういうふうに日常をとらえるのでしょう。
訪れた時は、8月の夏の日差しがさんさんと降り注ぎ、日光浴を楽しむ人々が、楽し気に行きかっていました。
この、小さな避暑地でも、ひと夏の出来事が起き、それぞれの運命もまた、ある方向性を持ち、そのベクトル方向に進んだのでしょう。
細い道のド真ん中で、恋敵にばったりと会うという絵もありました。
逆に、自分が醒めてしまった女性に、付きまとわれたり、
他愛ない冗談を言い合う仲間に、責められたり、呼び出されたりしたのでしょう。
一生独身だったムンクは、数々のエピソードを作りながら、仕事も驚異の持続力で、晩年になっても
衰えずに、
「生命のフリーズ」
の完成に努めました。
その気力、その努力は驚嘆すべきものですね。
この、閑静な、こじんまりとした、避暑地で起きた、真夏の出来事。
さて、ノルウエーのもう一人の芸術家についても触れておきます。
ノルウエーの偉大な彫刻家グラーゲンは、自分の彫刻で一つの広大な公園を埋めるほどの作品を制作しました。
正しいテーマと、正しいフォルムで訪れる人を圧倒していました。
彼の、彫刻公園は、何台もの観光バスが止まり、次々と見学者が訪れていました。
日本では、あまり、知られていなくても、ヨーロッパでは有名なのでしょう。
グラーゲンの彫刻でのヒューマンなテーマ、人間愛や家族愛、同胞愛もやはり、ムンクの中にも存在していて、ノルウエーの宝物になりました。
この、ムンクの小さなテーブルで書いた手紙はどんな内容だったのでしょうね。
この横の衣装ケースは古いもので、彫刻がされています。
壁紙の模様も洗練されていますね。
この部屋は、小さなベッドと、このテーブル、ストーブだけの8畳ほどの部屋です。
薬の瓶、絵具の油、パレット、筆などの入った棚がベッドのすぐわきにあります。
落ち着いた模様のベッドカバーですね。
喜怒哀楽の人間の感情は、それが絶望につながるものになる時もあるし、それが、生きる糧になる場合もあります。
憎しみ、嫉妬、はそれが解決した時には大きな喜びになることもあります。
悩みながらも生きていくことに、価値があるのですね。
病気と死の不安から始まった、ムンクの世界は、日の出を見ることが出来ました。
この地で