バルテュス氏のメトロポリタン美術館での騒動 油絵制作Bの① 

F130のBは、昨年描いてたやつを手直しします。これは、バス停で家族が立ってるやつでした。この、雪原に人は、北海道人としてはぜひやりたいテーマです。

今度は夜の設定にして、

影が雪の上に青く伸びるやつに変えていくつもりです。

遠くに、明かりと街が見えている

空は、空気が澄んで星月夜

と、ここまでは考えていますが。

手前にバストアップの人物をいれてみようかなとも考えていますが、最終的にはいなくなるかも。

結局は家族のポートレート見たくなってしまと、あまり見る人には伝わらないというか、他人家族はあまり興味がないということですね。

そこを、超えて一般的というか、原則的な、普遍的なもに昇華させるのが難しいですね。そうでなければ、リアリテイがなくなるということです。

想像で描くものでも、リアリテイは重要ですね。そっくりに描くということではなく

本当にそこに存在するといったことが大事ですね。

孤独感や生きずらさが前面に出で来るのはあまり好きではないので、これからどのように進めていくか難しいところです。

 

いちおう完成した絵ですがまた木炭で分割した線を描きます、一からやり直すつもりですが、引いてみるときちんとそこに収まっているところは残しながら進めます。

今話題のバルテュス氏は、一つの絵に何回も手を入れ、そして、その重厚なマチエールが、光に反射するようすを飽きることなく見つめ続けたそうです。

バルテュス氏のメトロポリタン美術館での騒動

猫と鏡のシリーズでは、その、マチエールが宝石のように輝いていますね。

そして、壁の材料のように脱落することもあったそうです。

ヨーロッパ人の自らのカテドラルを構築する考え方には、考えさせられますね。やはり、石造りの建物が多いせいでしょうか。何百年は普通ですからね。

第2次世界大戦で、ナチスとの戦いで崩壊した建物を、新しく作るのではなく、

前と寸分たがわず同じになるように、執念ともいえる精神で復元したのには理由がありますね。

何でも、新しく作り大量消費していく時代は終わりました。そこに、気付かない人は、日本には多いようです。

循環型のエネルギーを使うことを第一に考えていかないと、我々の子孫に大きな不安と負債を残していくことになりますね。

汚染のない空気、水を死守する。このために何をしたらいいか明白ですね。

日本は、もともと自然に優しく、寄り添って生きてきたはず。巨大なマシンや必要のないダムを減らして、社会保障に回せないものでしょうか。

 

絵を手直しするということは、必然的にマチエールも厚くなってきますね。

 

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