日曜画家の楽しみ F130のBを少し進めました。

 

Bの方はいろいろ実験をしながら進めてきましたが、なかなか難しいですね。

結局、男が立っていて、うしろの家の窓に人影が見えている感じになっていますが

これからどうしようかと、頭をひねっています。

奇天烈なポーズは、考えた時はむちゅうになるけど、実際に描いてみるとなにか無理があるな

という気持ちになるものです。

テーマ的に、考えればいいのですがこじつけになりそうで気に入りません。

大作のテーマは、群像にしてきました。

人を描くことに決めているからです。

 

待つ人、歩く人、放浪する人、

 

人間の存在自体に対する不安、実にあやふやな存在理由について考えました。

宇宙的な不安といったらいいのでしょうか。

ポツンと宇宙空間に投げだされた感じです。

とてつもない孤独感です。

 

表現主義絵画の場合、

よく自分を解放するため、自分を治療するために絵を描くのだといわれます。

自分が治療しなければならないものは、なんでしょう。

 

なんて、日曜日ごとに考えます。

月から金は仕事のことで手一杯になっています。

 

それに、性格からして大して不安がないというか、持続して不安がっていられない。

現実主義なところがあるからでしょう。

 

さて、男の右手に鳥かごを持たせて、すぐ消しました。

鳥かごは、自由を奪われた現代人の象徴です。

なんて、考えて描いてみましたが

お笑いです。

 

こういうのは芸術にはなりません。何故かというとこれは、

象徴主義ともいえない陳腐な説明だからです。

芸術に説明が多過ぎてはいけません。

 

ありふれた、日常の中で感じることのできる、わざとらしくない演出が必要です。

結局は構図や、色、形に還元されていくものでなければなりません。

結局そうすると、単純化され、平板化して、分解されて画面が消滅してしまいます。

どこでやめて何を表現するかが問題です。

 

さて、困りましたね。

人をもう一人増やして、見ますかね。この中央の男の孤独感は生かしたまま

無関係の人、骸骨あるいは死神みたいなものを入れると説明的過ぎますね。

 

遠景に数名の塊で、遠くからこの中央の男を噂したり、傍観したりまたは、

無視するように入れてみるかな。

 

しかし、人間は男女関係が最大のテーマでもあるから、女性を後ろ姿で入れてみるか、

そうすると、二人の関係の方に視線が行くので、ポーズ的にどんなポーズをさせるのか問題ですね。

 

窓の中に、もう女性はいて、傍観しているからそれでよしとして、

遠景に、人の塊を(5~6名)を入れてみるかな。

 

 

 

 

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