20年目の春、猫のしっぽカエルの手と北海道の春
4月21日いまの北海道石狩灯台

北海道にも春が近づいています。今日は外に散歩に行ってきましたが風がまだ冷たいです。

ベニシアさんの住む京都大原も冬は寒いそうです。冬が寒いと春の喜びが大きいですね。今日はイースターの話。復活祭は日本では、新学期や新年度、卒業、就職、転勤などの行事が目白押しなので、あまりはやりませんが、キリスト教にとっては最大の行事です。なにしろ、復活の日ですから。

この小さな子たちは、可愛いですね。いつの時代も、子どもたちが新しいものを作っていくことになるのですから。本質的な、豊かさは、手作りの生活からという視点もいいですね。

大量生産、大量消費の時代は終りました。それに、気付かずにやれ道路だ、新幹線だ、リニアだ、空港だというようなものにお金を大量に使い、社会保障や少子化対策、教育関係が後回しにされる。若者は、なにか若くして諦めの気持ちを持つようになるのではないでしょうか。

北欧に旅行した時に、ムンクの叫びがかかれた、オスロ湾を見下ろす丘に登った時です。ここには、キャンプ場があって、多くの若者子どもが、楽しくスポーツを楽しんでいました。時折。どっと、歓声が聞こえるのですが、その楽しさや生きる喜びが伝わってきました。

この感じはもう日本にはないな。

と感じました。高度経済成長期に日本にも一時期あった感覚。「これからよくなるぞ」という感覚です。

閉塞感と変化しない現実に対して、今の若者たちは静かに、自分自身の生きる道を模索し始めたのです。いわゆるラスベカス的な成功、大金持ちになり、美女をプールにはべらせ、スーパーカーを乗り回す。毎日高級レストランで飲食する。よりも、手作りみそに価値を見出すようになってきたのです。

札幌手稲山(ていねやま)この1000あまりの山でオリンピックがあったのは1972年です。

北海道でも、平地の雪はなくなりました、遠くの山に雪が残ります。この雪のあるうちは、風はまだ冷たいです。

描こうと思っているものではないものが出てくるのが面白いですね。この群像は、このあきらめた、甘い甘い国、この日本の様子が表れてきそうですね。生まれて死ぬという間にいるこの世界は、実に苦難に満ちていますね。え、苦難ばかりじゃないよ、という人がいそうですが、

人生ってやつは~、思い通りにいかないものさ♪という歌が妙に腑に落ちることがありますね。

求めるからつらいということがありますね。

何かを求めるということは生きるということと同義です。

仏教の本質は、空だということですが、つらい時には役に立ちますが、味気ないような気がしますね。

しかし、年をとってくると、情念というような「激しい感情」はなくなるようですね。

静かに、時は過ぎるようです。

運命とかいうものは、自分ではどうしようもないものですね。悲しんでばかりではいられません。トラブルを面白がるところまで行けると、きっと楽になるでしょう。

さて、残りの人生どうなるのか、

ゴット オンリィ ノウズ

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