北海道の渓流釣り2回目、2019.

今の時期北海道は最高の季節を迎えます。命あるものすべてが輝きだすときです。1m以上の雪の下で耐えていた生命が解き放たれるのです。


日曜6時のEテレはベニシアさんの猫のしっぽカエルの手の時間です。食べてばっかりの尼寺よりすきなのです。

今日は北海道の話ですが、北海道といえば「北の国」からと思っている内地の人には悪いですが、あの番組は、北海道人は、少し違和感を持っている人が多いのですが。
サブちゃんの「はるばる来た~函館~  波を乗り越えて~」があるでしょう
これが北海道人です。簡単に言えば、「さっぽりしているのです。」「こだわりがないのです。」
玉置浩二、中島みゆき、松山千春、ドリカムの人、グレイ、サブちゃん、大泉君、アナウンサーの安住君、ね、見たらわかるでしょ。

上野ファームは3度ほど行ったことがあります。結構遠いです。旭川のインターから20分ほどあります。あの小山は、射撃訓練の的になっていたようですね。

7年前のベニシアさんが、生き生きとしていました。

この輝きはなんだ?

まだ、何もかにも輝いていた時です。

視力低下と記憶の喪失ということについてじっくり考えていかなければなりません。人間を人間たらしめているものは、きっと記憶でしょう。

かぐや姫は物語の最後に、月からの使者が羽衣をきせるまえに、おじいさんとおばあさんに、お礼と別れの挨拶をしました。その羽衣は着ると、記憶を失ってしまうのです。

羽衣を着た、かぐや姫は今までのことをすべてわすれ、何事もなかったように月に戻ったのです。

悲しいですね。

古代ギリシャ人は悲しみの中には、なぜか美しさがあることを知っていました。ギリシャ悲劇は美を伴っています。

チャップリンは喜劇の役者ですが、彼もまた、悲しみの中に美しさを発見した人でした。

悲劇に美しさのあるわけは、人類誕生のころ、周りが敵だらけ、危険な動物、気象、天変地異にさらされていたので、悲劇は日常にピッタリとくっついていたことでしょう。

悲しさだけでは、生き延びる力が足りなかった。その美しさにカタルシスを感じたのでしょう。

今日の余市川はあまり釣れませんでしたよ。

なにか、人のようなものが写っているように見えます。まさか、心霊写真か?

やまべ、ニジマス、イワナがつれました。

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